*-- 読書感想文 --*

私は旅をする、本という名の世界のなかを・・・。



みどりのゆび  2005/06/07(火)
coffee break  2005/05/30(月)
少女ポリアンナ  2005/05/28(土)
トムは真夜中の庭で  2005/05/19(木)




みどりのゆび

モーリス・ドリュオン=著 安東次男=訳 / 岩波書店

ミルポワルという名の町にある、ピカピカの家に住み、美しくて裕福な両親と一緒に何不自由ない暮らしを送る「チト」という名の男の子。
チトには他の人にはない、特別な才能がありました。
指で触れるだけで、どんなところにでも植物を生やすことができる、「みどりのおやゆび」を持っていたのです。
チトは「みどりのおやゆび」を使って、いろいろな場所に植物を生やしていきます。
刑務所、貧民街、病院・・・、美しい花を見て、たくさんの人達が幸せになっていきます。
そんな時、バジー国とバタン国との間に戦争が起きてしまいます。
そして、両国に戦争の武器を売っているのは、チトのお父さんの工場だったのです。
このことを知ったチトは、「みどりのおやゆび」で戦争を止めさせようとしますが・・・。

綺麗な話です。キラキラした夢の世界のお話といったカンジがします。
その分ちょっと現実味が少ないかもしれません。
戦争反対物語というよりは、「清い心・美しい心でいましょう」といった道徳的な物語な気がします。
訳者の安東氏は巻末の「訳者のことば」で、「フランスの童話には、ひとつの特徴があります。お話の、筋よりもきめの細かさ、詩的な雰囲気や言葉の面白さを、大切にすることです。そして、それらをうまく使って、まるで宝石のような、美しい文章をつくり出すのです。(中略)人間は、何から何まで詩につつまれて生活することはできませんし、またそんな純粋な世界ばかりで生きていたら、とても生きてはゆけないでしょう。(中略)しかし、本当に勇気をもって生きてゆくためには、詩が必要なこともまた確かです。それと同じように、子供たちが読む本が、全部「星の王子さま」や「みどりのゆび」のようなお話ばかりでは、少しばかりお行儀が良くなりすぎて困る、と私は思いますが、一方、わんぱくな子供たちの冒険がいっぱいでてくるお話に、みなさんが胸を躍らせるかたわら、とても詩的な童話を読むことも、ぜひ必要なことだと私は思うのです。」と書かれています。
私が読みながら「キレイすぎるな」と感じたモヤモヤを、この上なく見事に言葉で表現してくださいました。
そう、そうなんですよ。まさに詩的なんですよ。
でも、時には現実味の少ない詩的な要素も人生には不可欠なんですね。

言葉のプロでもある安東氏にこんなことを言うのも何ですが、自分の感じた気持ちを上手く言葉で表現できるって素晴らしいことだなぁと思いました。
私ももっと、自分の中にあるいろんな気持ちを言葉で伝えられたらいいな。
Date: 2005/06/07(火) No.17


coffee break
うちの両親も本を読むのが好きです。
父親の本棚にも歴史小説やミステリーなど、いろいろなジャンルの本がぎっしり詰まっていました。

私が本を読むのが好きになったのも、そんな両親の影響があったのかもしれません。

私が幼かった頃も、両親はたくさん本を買い与えてくれました。
レコードの付いた童話の本も一揃いありましたし。
人形やゲームなどの玩具類はまったくと言ってもいいくらい買ってくれなかった親なのに、本だけは買ってくれてましたね。

中学生くらいになると、親の本棚から勝手に本を持ってきて読んだりもしてましたね〜。
ちょっと大人っぽくて小難しい内容の物が好きでした。
意味解んなくても、なんだか頭が良くなったような気もしたし。笑

本を読んだ感想を親と話したりすると、自分もなんだか大人になったなぁと感じたものです。

本を読む。という習慣が家の中にあると、子供も読書に親しみやすくなるんじゃないですかね?親の真似をするというか。
あと、家の中に本がたくさんあるのは非常に良いと思います。
そして、決して読書を強要しないこと。
どんなに良い本でも、興味がないのに無理に読まされたらつまらないですもんね。自分で自由に読みたい本を読むのがいいと思いますよ。たくさんある本の中から自由に選ぶのがいいんです。
だから、子供が大人の本を読んでもいいし、大人が子供の本を読んでもちっともおかしくないです。

別に、本を読まなくちゃいけないってわけでもないですし。
そりゃ、読書は面白いし、たくさん本を読んだほうがいいような気もするけれど、誰しもすき好みがあるわけですからね。
私も本は読むけど、映画とかはほとんど見ないし。

でも、読書って面白いですよね。(*^_^*)
一生かかっても読みつくせないほどの数の本が世の中にあるんだ・・・って思うと、何かゾクゾクしません?
ロマンですよ。
Date: 2005/05/30(月) No.16


少女ポリアンナ

エリナー・ポーター=著 谷口由美子=訳 / 岩波少年文庫

11歳のポリアンナは孤児になり、独身のポリーおばさんに引き取られました。
明るいポリアンナは、子ども嫌いの気むずかしいおばさんや孤独に暮らす近所の老人など、周囲の人々の気持ちを変えていきます。
ある日、思いがけない事故が・・・。(本書、裏表紙あらすじより)

この作品、テレビアニメ「世界名作劇場」での「愛少女・ポリアンナ物語」でご存知の方も多いのではないでしょうか。
「良かった探し」をする少女のお話です。(原作では、「喜ぶゲーム」と訳されています。)

正直、なんでもかんでも喜べるわけないじゃん、とも思います。
こんな都合の良い話が現実にあるはずない、と。
確かにちょっと綺麗にまとまりすぎていて浮世離れしたところもある物語かもしれないけど、でも、自分の身の回りのことに不平をもらしてしまう時、思うようにいかなくて苛立ってしまう時、ほんのささいなことでもいいから「良かったこと、喜べること」を探してみるのもいいかもしれません。

ある日ポリアンナは、近所に住む、足が悪くて寝たきりの老婦人にこう言います。
「おばあさんは、自由に動かせる両腕があることを喜べるわね。」と。
その老婦人はポリアンナと会ううちに、次第に周囲に心を開くようになり、編み物をして慈善事業に寄付をするなど、生き生きとした暮らしをするようになっていきます。
無くした物を哀しむより、持っている物を喜ぶこと。そんな、当たり前だけど、忘れがちな気持ちを、ポリアンナは周囲の大人たちに思い出させてくれます。

主人公のポリアンナ、「POLLYANNA」は、「底抜けの楽天家。どんなことにも嬉しいことを見つけようとする人。」という意味だそうです。
決して、生まれついての能天気やお気楽な性格などではなく、自分から幸せや喜びを探し見つけてゆくことができる人が、「ポリアンナ」なのではないかな、と、思います。

時々、心の中でそっと「喜ぶゲーム」やってみませんか?
Date: 2005/05/28(土) No.15


トムは真夜中の庭で

フィリパ・ピアス=著 高杉一郎=訳 / 岩波書店

この本が、小学校の図書室に置いてあったことを今でも良く覚えています。
「トムは真夜中の庭で」という妙に中途半端なタイトルは、たくさん並んだ本の中でも目につきましたし、「真夜中の庭でトムは何をしたんだ?」と好奇心もそそられます。
しかし、どうにも表紙の絵が暗いというか恐ろしいというか(挿絵のスーザン・アインツィヒさんごめんなさい)なんだか怖い話の本というイメージがあって、結局本を開いて読むことはありませんでした。
でも、「トムは真夜中の庭で」に続く文章を考える遊びは、一時友人達との間で流行りました。(真夜中の庭で○○をした・・・等、いろんな面白い言葉を言い合うという、変な遊び。)
なので、フィリパ・ピアスという作家の本を紹介された時、「ああ〜!この本の作者だったのか!」と妙に懐かしく驚きました。

あの遊びから数十年経て、ようやく私はこの物語を読むことになる・・・読書の面白さは、こういうところにもあるんじゃないかな、と、ふと思う。

弟のピーターがはしかにかかってしまい、トムは休暇の間、おばさんの家で家族と離れて暮らすことに。庭のないおばさんのアパートは冷たく寂しい雰囲気。玄関ホールの大時計もでたらめな時を刻んでいます。
真夜中に13回時の音を刻む大時計の秘密を探ろうと、部屋を抜け出し探検に出かけたトムは普段は何も無かったはずの裏庭に、秘密の庭が存在しているのを見つける。
そこで出会ったハティという少女と仲良くなっていくが、時間の流れが不規則なこの庭の秘密がだんだん明らかになっていき・・・。

過去を遡っているのか、未来を旅しているのか、はたまた誰かの夢なのか、物語は謎に満ち溢れたまま進んでいきます。
物語の最後で、この謎はトムとハティによって解明されますが、よく考えるとやっぱり不思議な部分が多かったりもします。
現実的な部分とファンタジーが上手く混ざり合った、不思議で楽しい物語。

ところで、作者のフィリパ・ピアスさん、私はてっきり男の人だと思い込んでいましたが、実は女性だったんですね。この本の「訳者のことば」で初めて知りました。
“フィリパ”って男の人の名前っぽいと思ったんですが・・・失礼致しました。
Date: 2005/05/19(木) No.12



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